前のページでは不動産会社の人はそれほど建築について詳しい訳ではないというお話をしました(4-01.売買仲介の不動産会社は建築には詳しくありません参照)。では建築設計事務所の人、いわゆる建築士であれば詳しいだろうと思う人は多いと思います。これは間違いではなく、建築設計事務所の人は建築のプロですので、建物については色々な事を詳しく知っています。
ですが、だからといって建物すべてについて詳しく、何でも知っているかと言えばそうではありません。建築設計事務所の人にも苦手がジャンルがあります。このページでは一般的に建築士の方が苦手としているジャンルについてお話しします。
建築士の人でも見ただけでは建物の耐震性は判断できません
よくある誤解は、建物の構造、耐震性についてです。戸建住宅やマンションの立会いで、建築士に見てもらえれば建物の構造が問題なくチェックできると考えている人が多くいます。しかし実際には建築士が完成した戸建住宅やマンションを見ても、この構造は問題ない、と断言できるわけではありません。
もっともこれは建築士の能力に問題がある訳ではなく、どんな人が見たとしても完成した建物の構造や耐震性を完全に把握することは不可能だからです。
そもそも建物の構造に問題がある場合は、設計上の問題がある場合と施工上の問題がある場合の2つに分けられます。そして建築士ができる構造上のチェックは設計上のチェックのごく一部分です。
マンションでは施工上の問題を判断することは困難です
先に施工上の問題の話をしましょう。マンションなどの鉄筋コンクリートの建物は完成してしまえば施工上の問題をチェックすることはほとんどできません。完成してしまえば、どのようなコンクリートを使っていたか、柱や壁に入っている鉄筋の本数や配置は適正なのかなど、実際に施工された内容を確認することができないからです。
2014年に横浜のマンションで基礎杭が支持層まで届いていないため、建物が傾くという事件がありました。これは建物が傾いたため問題が判明しましたが、新築当初で建物に傾きがなければ、その時点では基礎の状況を見た目で判断することはできなかったでしょう。構造については、建築家であっても見て判断するというのは本当に難しい、と言うよりはほとんどできない、と考えた方が良いと思います。
設計士が設計図書や竣工図を見ることで設計上の問題は多少見つけることができます
施工上の問題の判断は難しいのですが、設計そのものに問題があるかどうかは、建築士が見ればある程度はチェックが可能です。ただ、そのためには設計図書や竣工図書などが必要です。
パンフレットや間取り図などでは設計の問題を判断することはできません。ですので、内覧会などの際に建築士に同行してもらう際には、必ず設計図書などを売主に用意してもらい、建築士がチェックできる体制を整えることが重要です。
しかし設計図書があれば設計上の構造の問題が確実にチェックできるかと言えば、これもほとんどできません。一般的に構造のチェックは専用のソフトを使って解析し、問題がないかどうかを確認します。ですので、図面を見ただけでは構造に問題があるかどうかの判断は建築士であってもほとんどできません。
また構造ソフトの解析結果が書かれていたとしても、見ただけでその内容をチェックするのはほぼ無理です。ですので、マンションの構造については、チェックはほぼ不可能と考えた方が良いと思います。
だからといって、事前に建築士に図面などを見てもらうのに全く意味が無いという話ではありません。構造上の問題チェックは難しくとも、設計士は図面と実際の建物を見比べて、整合性が取れない部分などに気が付く能力があります。
マンションは施工の途中で様々な問題から仕様が変わることがあります。その際に問題となるような変更が無かったかどうかをチェックすることは期待して良いと思います。
戸建住宅は設計士のチェックの効果が高いと思われます
マンションの場合は設計士が見ただけではチェックできる範囲が限られていましたが、戸建住宅であれば、チェックできる範囲がもう少し広がります。
その理由は2つあります。1つは建物の傾きが構造上の問題であるかもしれないこと、もう1つは床下や屋根裏など構造に関わる部分で見える場所があることです。
マンションであれば部屋の床に傾きがあったとしても、それは仕上げ材の施工精度の話であって、構造上の問題に繋がるとはあまり考えられません。しかし戸建住宅であれば、床の傾き、壁や柱の傾きは構造に問題がある可能性があります。
また、一定方向に傾いている場合には地盤沈下の可能性も考えられます。これは大きな問題で、問題があることがはっきりと分かれば、契約を解除するなり何らかの補修工事を要求することも考えなければなりません。
もう1つの床下や屋根裏を見ることができるのも重要な点です。戸建住宅の構造すべてをチェックすることはできませんが、構造上重要な部位である床下と屋根裏をチェックすることで、ある程度ですが構造の良しあしを判断することができます。また問題がある場合には補強を行うことも可能ですので、こちらは必ずチェックしておきたいところです。
もちろん建物だけではなく、設計図なども事前に用意してもらい、見てもらうと更に厳しくチェックしてもらうことが可能です。
では建築士は構造全般に強いかと言えばそうでもありません
このような話をしていますと、できる内容は限られるとしても、建築士は構造について詳しいのだ、とお考えになるかもしれません。もちろん一般の方よりも詳しいのは確かですが、さほど詳しくない、という建築士もたくさんいます。それだけではなく、デザインを優先しすぎる結果、構造上問題なのでは、と思われる設計をする建築士もたくさんいます。
構造や設備を専門とする建築士を除けば、建築士が得意とするジャンルはデザインです。特に意匠系の建築家と呼ばれる方々はデザイン能力がとても高く、戸建住宅の設計では本当に美しい建物を設計します。ですが、その美しさ優先のため、構造上どうだろう、と思われる設計の建物もたくさんあります。
それを表しているかどうかは確実ではありませんが、建築家と呼ばれる方の設計した建物で、長期優良住宅の認定を取れる建物はあまり見かけません。また住宅性能表示の耐震性で最高評価を取れる建物もあまり見たことがありません。
誤解を恐れずに言えば、構造は建築基準法の規定を最低限度で満たし、後はデザインに注力している建物が多いように感じます。
そしてその最低限の構造も、建築家自らが考えるというよりは工務店などの建設会社に考えさせることが多い印象を受けます。建築家はあくまでもデザインを中心に考え、後は工務店などの施工者に考えてもらうというスタンスです。
どうしてデザイン優先だと構造的に弱くなるのかと言えば、開口部、つまり窓の使い方が独特であることが多いからです。例えば建築家が設計する建物は一般の住宅と比べ開口部の面積が広いことがよくあります。
その結果構造壁の面積が減り、構造的に弱くなる率が高くなります。また、建築家はハイサイドライトや連窓を良く使います。これは見た目は美しいのですが、構造上は弱くなる可能性が高くなります。
また、普通の工務店は窓の位置は構造上問題が無い場所から考えます。その結果家を外から見ると、窓の位置がバラバラで美しく感じられないことがよくあります。
しかし建築家であれば外観を考えた上で窓の位置を決めることが多いでしょう。その結果、構造上のリスクがあったとしても、美しく見える位置に窓が設置されることがよくあります。
もちろん構造に強い建築家もたくさんいます。ですがそうでない建築家も多いため、建築家の言う事であれば、構造の話は大丈夫、とは思わないようにした方が良いと思います。
建築家の中には住宅のお金についても詳しくない方が数多くいます
また、予算管理を苦手とする建築家も数多くいます。建築家に住宅を依頼し、最初に予算を伝えているので大丈夫、と考えていたら、最初の設計段階での見積もりが予算の2倍になった、という話はよくあります。
これは本当に建築家によってまちまちで、最初の設計段階から予算とのずれがほとんどない、という建築家もいれば、予算を考えるのは工務店の仕事で建築家はお金のことなんか考えなくても良い、と豪語する建築家もいます。
デザイン優先でお金がいくらかかっても問題ない、という方は大丈夫でしょうが、一般の方はそうではありません。その建築家が建物にかかるお金に詳しい人かどうかを事前に判断するのは簡単ではありません。
これはその建築家の経験からくる部分も大きいので、今までどのくらいの価格帯の建物を設計したかを確認することで、お金に強い建築家かどうかは多少判断できることがあります。ある程度近い価格帯の建物を設計経験が豊富であれば、価格が大きくずれる可能性が低くなります。
またその建築家に自分で積算見積もりをしたことがあるかどうかを聞くのも有効かもしれません。普通の建築家は工務店から見た見積書の内容を見るだけで、自分で計算する人があまり多くありません。
ただ私が今まで見た建築家でお金に詳しい方は、若い時代に自分で積算して計算し、費用について詳しくなったという方が一定数います。お金に詳しい建築家の方は、そのような努力をして正しく費用を計算できるようになったという方が多いことを考えれば、その建築家に自分で計算したかどうかを聞いてみるのは1つの方法かもしれません。
建築家の方は断熱や温熱環境について詳しくない方が多くいます
高気密高断熱の住宅を得意としている建築家を除けば、建築家の方は断熱について詳しくない印象を受けます。先程もお話ししましたが、一般的に意匠系の建築家の住宅は、開口部、つまり窓の面積が一般的な住宅と比べて広いケースが多くなります。
これは明るさや風通しも含めたデザインを追求した結果、そうなることが多いようです。そのためにデザイン的に素晴らしい住宅ができることも多いのですが、一方温熱環境は最低レベルの建物になるケースも多い印象を受けます。
建築家の方で自分が設計した建物のUA値やQ値がどのくらいになるのか、恐らく知らない方の方が多いでしょう。単に知らないと言うだけでなく、温熱環境的にはレベルの低い建物も良く見かけます。これもデザイン優先のために出る弊害です。
また、暑さ対策、寒さ対策も効果が期待できない設定をしている建物もそれなりの率であります。ガラスが多い建物で遮熱フィルムを貼ることで対応しているという建物もありますが、遮熱フィルムの遮熱の効果は大きなものではありませんし、断熱性に至ってはほとんどありません。フィルムの性能にもよりますが、気休め程度にしかならないものも多いと思われます。
寒さ対策でも床暖房を入れたので大丈夫、としている建物も多くあります。しかし、ガラスの多い建物やコンクリート打ちっぱなしの建物で床暖房を入れても、部屋は簡単には温まりません。
また「3-02-18.プロもあまり詳しくない断熱について知っておきましょう」のページでも解説しましたが、空気の温度と輻射温度が大きく違う場合には快適な空間にはなりにくいものです。このような温熱環境をきちんと考えて設計した建物でない建物を本当に数多く見ます。
一方マニアックと思えるくらいに、断熱や気密について詳しい建築家もいます。建築家が断熱などについて詳しいかどうかは、少し話をしてみればすぐに分かります。相手が詳しい場合は、そのままその利点を生かしてもらい、そうでない場合には、自分で断熱に対しては注意して設計してもらうように考えましょう。
建築家否定ではなく、建築家の良い部分を引き出せるように付き合いましょう
このような話をしていると、建築家を否定しているのではないかと思われてしまいそうです。しかし私の考えはむしろ逆で、住まいを新築するのであれば、なるべく建築家を使って望みの住宅を設計した方が良いと考えています。
一方建築家はその人によって、得意としている能力に、本当に大きな差があります。皆さんは自分が何を優先的に考えているのかを考えた上で、その優先項目を満たしてくれる建築家を選び、不足分については自分で打てる手を打っていく、というやり方が良いのではないかと思います。
これらの意見には色々と異論もあるかと思います。また建築家の方は人によって、得意としている能力が大きく違いますので、一般論として語るには少し無理だったかもしれません。ただ、このような傾向が、あるいはこのような落とし穴があるかもしれない、という事は予め知っておいていただいた方が良いと思います。
この記事の話の一部を動画でも解説しています
このページでお話ししました内容の一部を動画でも解説してみました。その動画がこちらです。
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