新国立競技場の問題で責任者と専門家の不在について考えてみました

新国立競技場を最終的にどうするのか、現時点(2015年7月時点)でも色々と迷走している感じを受けます。先日この問題を一般住宅の問題と絡めて考えました(「新国立競技場の問題から一般住宅の問題の共通点を考えてみました」参照)が、引き続き別の点から、一般住宅の問題の類似点について考えたいと思います。

国立競技場のイメージその2

新国立競技場問題は、その問題だけではなく、他にも色々と考えさせられます。

専門家はすべてのジャンルに精通している訳ではないことを改めて理解しました

建築のプロであっても、得意ジャンルは大きく違います

新国立競技場の建設費用がこんなに高くなるだなんて、最初から建築家が入っているはずなのに、どうしてこうなったのか、とお感じの方は多いと思います。ですが建築家であれば誰でも建物の費用を把握しているかといえば、そんなことはありません

これが作り慣れているタイプや規模の建物であれば、大きく予算と異なることは無いかもしれませんが、新国立競技場のような特殊な建物になると、プロであっても工事金額の予想は簡単ではありません

有識者会議のメンバーである安藤忠雄先生は、技術的な問題と予算的な問題はあるだろうと当初から感じられていたと思います。それでもここまで予算の開きがあるとは思っていなかったのではないでしょうか。

得意ジャンルのイメージ

スポーツのプロでも色々なスポーツのプロがいます。同様に建築のプロといっても、各々の得意ジャンルは異なります。すべてに精通している人はまずいません。

今回もまた強引に戸建住宅の設計に当てはめて考えてみます。発注する建築家がデザインに優れた方であっても、予算管理に強いとは限りません。特にその建築家が今まで採用していない工法や設備などを導入した建物を設計した場合、予算が何倍にもなるということは良くあります。新しい設備そのものの単価は分かったとしても、関連する工事費がいくらかかるのか、そのための人件費がいくら上がるのかの判断が付かないことが多いからです。

ですので、新しい設備や新しい建材、工法を採用する場合には、依頼する建築家がその設備などを入れた設計に精通しているかどうかを前もって確認しなければなりません。その建築家が未経験の場合は、別の建築家を探すようにするか、同じ建築家を使うにしても、その設備の導入をあきらめる可能性があることを予め覚悟しなければなりません。

それだけ、新しいものの採用は難しいものです。建築のプロでもジャンルによって詳しくない部分があるという話は「第4章 住まいの業界の人たちには各々得手不得手があります」の子ページを参照してください。

得意ジャンルが違うことに加え、価値観が大きく違います

得意ジャンルだけではなく、人それぞれ価値観は大きく異なります。その結果、世間一般的には不可と思われる意見でも、その業界ではその意見以外は認められない、ということがよくあります。今回の新国立競技場のケースで考えてみましょう。

建築家の立場で、この新国立競技場を考えますと、建設費が高いとか維持費が高いということよりも、素晴らしいデザインのもものを作る、建築家の代表作と言われる建物を作る、という方の価値観がはるかに高くなります。

少し前の話ですが、2014年の年末に新国立競技場のデザインコンペの審査委員の1人である内藤廣先生は、ザハに代表作と言われる建物を作らせることがとにかく大事だ、と述べています(内藤廣が新国立騒動にもの申す「ザハに最高の仕事を」出典:ケンプラッツ)。

この意見が正しいか正しくないかは、色々な考え方があると思います。恐らく世間一般では、建築家個人の名誉や代表作を作る事よりも、自分たちが払うことになる費用の方が重要だ、と考えるでしょう。

しかし一般的に建築家は、コスト高よりもモニュメント性をはるかに重要視します。これが悪いという話では無く、建築家はこのような価値観を持っているという事を知った上で、最終決定者は判断しなければなりません

モニュメント性のイメージ

建築家にとっては予算よりもモニュメント性の方が重要、という価値観の方は多くいます。

余談ですがこの内藤廣先生は日本を代表する建築家です。首都圏ではみなとみらい線の馬車道駅の設計もこの方が行っています。個人的に素晴らしい設計だと思っています。

そして内藤廣先生は北海道の旭川駅の設計も行っています。こちらは私は直接見たことはありませんが、写真を見る限り素晴らしい建物であろうと予想できます。一方で1日の乗降客数が少ない駅の割には巨大な建物だったりします。いち企業であるJRが費用を出しているのであれば、その企業の自由なのでとやかく言う話ではありません。しかし一歩間違えるととても無駄が多く、維持費もかかる負の資産になる可能性もあります

もちろんこれは発注者側の責任で建てられた建物です。建物の規模も発注者が決めているでしょうから、これが無駄に大きな建物だとしても建築家に責任はありません。

建築家に責任は全くないのですが、一方で発注者が(ひょっとしたら)無駄に予算を使い、必要以上の規模の建物を作り、建設時に多額の費用と、そして後々地元の人に多額の維持費を負わせているようなことがあるのであれば、本当にこんな建物を建てて良かったのかと思ってしまいます。ですが、建築家側が、この規模は大きすぎるので、もっと小さくした方がトータルコストが安く済みますよ、と主張する事はまずありません

旭川駅が大きすぎるのではないかという意見は、有名ブロガーのちきりんさんも話をしていました(「2014-08-19 これが噂のJR旭川駅」参照)。しつこいようですが、これは内藤廣先生の批判ではありません。何度も言いますように建物は素晴らしいと思います。

ただ、こういった話を見聞きするたびに、日本のハコモノ行政の問題を感じますし、せっかくの建築家をもっと有効に使ってもらえないのかと感じます。

お金の管理は建築家の仕事ではないと考える人は数多くいます

そもそも最終的な施工費をどうするかを考えるのは施工者、つまりゼネコンや工務店などの仕事であって、建築家の仕事ではない、と主張する人は結構たくさんいます。

今回の新国立競技場の件では、石原元都知事がそのような発言をしていたと思います。安藤忠雄先生はデザインを考えて決めるのが仕事であって、費用をまとめるのはゼネコンの仕事だと主張されていました。同じように考える方は一般の人でもいますし、当の建築家でもそう考える人がいます。

そのせいかどうかは分かりませんが、一部の建築家の中には工事費用については全く分かっていない人がいます。

お金のイメージ

工事費の管理は建築家の仕事ではない、と主張する人も結構な率でいます。

これも戸建住宅の設計に当てはめてみましょう。一部の建築家はデザインや設計が自分の仕事であって、費用を予算内に収めるのは工務店の仕事だ、と考えています。工務店は色々と代案を考え、何とか予算内に工事費が収まったとしましょう。その場合、確かに建物は完成するのですが、出来上がったものは当初設計者が考えていたものと全く違うものになることがあります。

基本デザインに変更が加えられることはもちろん、材料なども代替案で安いものや施工がし易いものに代えられるため、質感などが大きく変わるからです。

最終的に、変更後のデザインを施主さんが気に入るのであれば良いのですが、その施主は気に入らない、デザインを変えられた建築家は納得しない、一生懸命代替え案を考えて建てた工務店は評価されずに不満が多い、ということもよくあります。結局誰も得をしないということがあり得ます。

戸建住宅の場合であれば、最後は施主がそれで良いかどうかを確認しなければなりません。ですが、最初の設計案が当初の予算の2倍以上となっているのであれば、そしてそのデザインを半分以下の予算で建てようとするならば、出来上がる建物は当初予定の建物と完全に別物だと考えた方が良いと思います。

戸建住宅であれば、予算や時間が許すのであれば最初から設計を考え直さないと、イメージと全く違う建物が出来上がると思ってください。

余談ですが、新国立競技場のデザインは、一番当初のザハ案と規模を縮小した改定案では、既にデザインは全くの別もの、というように私自身は感じています。デザインは全体のバランスで決まりますので、一部を変えるだけでもシルエットは大きく変わります。

新国立競技場の場合は、一部どころか大きく変更していると私は感じますので、これは別のデザインだと認識します。もっともこれは感覚的なものですし、どちらかが良いと言っている訳でもありません。

基本設計を行う日建設計などのコメントが出ていないのは不思議です

この新国立競技場を建てるに際し、費用や工期の問題に最も精通しているのは、現在基本設計を行っている日建設計などの設計会社、そして施工予定者である竹中工務店や大成建設だと思います。しかしこれらの会社からは、どの案で進めるべきなのかといった意見は全く出てきません。色々な差し障りがあるのだろうと思われますが、実際の技術にもっとも詳しい人たちの意見が反映されないのは不思議です。

プロのイメージ

本当に実情が分かっているプロの話が出てこないのが不思議です。

これも戸建住宅の設計に当てはめて考えてみますと、ハウスメーカーで家を建てる際に、そのメーカーの営業マンとしか話をしないという状況と似ています。

ハウスメーカーの営業マンは、一般の人よりは建築に詳しいのですが、それでも少し詳しい話になると、情報が間違っていることがよくありますし、ひどい場合には限りなくウソに近い話をしていることもあります。

そして、営業マンはなるべく高い建物の成約を目指していますので、新しい技術がありその方が請負金額が高くなるのであれば、そちらを勧めようとします。ですが新しい技術や設備が本当に問題ないのか、どのような危険性があるのかなどは技術者に話を聞かないと分かりません。

新国立競技場の場合は、工事金額を敢えて高くなるように誘導している人はいない…と思いますが、技術者の話を聞くことなく、進めているのは、仮に聞いているとしてもその内容を公開することなく進めているのは問題ではないかと感じます。

最終決定者は強くないと、色々な人や意見に流されます

この新国立競技場問題が、これだけ迷走しているのも、最終的な決定権者が誰であるのかが明確に決まっていないせいだと思います。恐らく五輪担当大臣あたりが決定権者となるのでしょうが、この五輪担当大臣はあまり立場が強くない印象を受けます。その結果、色々な意見、さらには色々な人のメンツなどを考ると、大胆に結論を出すことができなくなるのでしょう。

これも戸建住宅の設計に当てはめてみます。新しい家に住む方が仮に5人家族であれば、5人全員が少しずつ異なる意見を持ちます。そして家族内の意見が割れた場合には、だれかが最終決定を下さなければなりません

決定者が他の人の意見を聞かずに家づくりを勧めるのは論外ですが、あまり意見を聞きすぎても話はまとまりません。すべての人の要望をすべて満たすことは不可能だからです。

強いイメージ

最終決定者は強くなければ務まりません。

この場合、決定権者は全員の意見を聞きつつ、できることとできないことを家族に説明し、最終的にこのような形になる、という事を全員に納得させなければなりません。状況によっては強引に決めなければならないこともあるでしょう。ですが、最後は1人の決定権者が決めるようにしないと、決まるものも決まりません。

そしてこの決定権者には、色々な能力が要求されます。土地や建物の安全性についての知識、住宅ローンも含めた予算管理や支払い能力の把握、何がその家族にとって快適なのかを正しく把握する能力などが要求されます。

何となく家が欲しいから、という考えで家さがしをスタートすること自体は悪い事ではありませんが、いざ決めるためには色々なことを知らないと、新国立競技場ほど問題になることは無いにしても、似たようなトラブルに巻き込まれることを考えた方が良さそうです。

ふくろう不動産は皆様からのご意見を随時受け付けています

昨日本日と新国立競技場についての話を強引に戸建住宅の話と照らし合わせてみました。若干強引な部分もありますが、結構相通ずる問題があるのではないかと思います。

皆さんも今回のこの新国立競技場の問題を単にその問題だけとして見ず、皆さんご自身の戸建住宅の建設時に失敗しないような参考にしてもらえればと思います。

新国立競技場についての話は私も詳しい訳ではありませんので、間違っている内容や意見もあるかもしれません。もし内容に問題があるようでしたら、当社までお知らせいただければと思います。

ふくろうのイメージ

新国立競技場問題から何か学べるものはないかとふくろう不動産は考えてみました。

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