不動産売買の売主はアンカリングのせいで契約ができないことがあります
不動産の売買では、いざ売買の金額を決めるときに売主と買主との間で金額が折り合わず、結局契約できないということがよくあります。そしてこの金額が折り合わない理由の1つにアンカリングがあります。
アンカリングとは、先に知った数値(アンカー)によって後の数値の判断が歪められ、判断された数値がアンカーに近づく傾向のことです。
しかしこのような表現ですと分かりにくいと思いますので、具体例を挙げつつ、説明したいと思います。まずは不動産の売り主側がどのようなアンカリングに影響を受けるのかをお話しします。
不動産の売り主は自分が買った値段にこだわり過ぎると契約できません
不動産の売り主に影響を与えるアンカーの1つは、売主がその不動産を購入した価格です。
残念なことにほとんどの場合、不動産を売却する金額は購入時の金額を大きく下回ります。建物が古くなっているために、建物価値が下がることが多いためと、土地の価格そのものも、ここ数十年を見ますと価格が下がっているエリアが多いからです。
特に新築のマンションや新築の戸建て住宅を購入された方は、その下がり具合に愕然とされる方が多いようです。新築の住まいは新築プレミアムと言うべき価格が載っているために、中古になったとたん価格が大きく下がります。中古マンションであれば、築10年で価格が半分になっていることもよくあります。
中古の戸建て住宅であれば、土地部分はあまり変わらなくても建物の評価は新築時の半分以下になっていることが多いでしょう。特に注文住宅で家を建てた方はこだわりを持って家を建てる方が多いのですが、そのこだわってお金をかけた部分には、あまり資産価値が付かないケースが多々あります。そのため、築10年の建物評価額は新築時にかけたお金の3分の1近くになることも珍しくありません。
また戸建て住宅によっては、外構や庭などにもお金をかけて作られている住宅があります。ですが外構や庭に価格が付くかと言えば、ほとんどの場合は値段が付きません。色々なこだわりをもって作った家や庭などについては、価格が付かないことも多く、結果として安い評価額になるケースがよくあります。
このあたりの話は「2-04-02.戸建住宅建物の資産価値について考えましょう」のページでも解説しています。
この話をしますと、ほとんどの売り主さんは「そんなことは分かっている」とお答えになるでしょう。もちろん頭では理解しているのですが、感情面ではなかなか理解することができません。
ですので、買主さんから指値があった場合に、その指値金額が相場から見て妥当な金額であったとしても、購入時の金額がアンカリングとして働くため、もっと高い金額でなければ売れない、と返事をしてしまいます。仮に金額について話がまとまったとしても、その後の細かな条件詰めがうまくいかないこともあります。売り主さんから見れば、こんなに安い金額で売っているのだから、買主も何かしら条件面で折れるべきだと考えるからです。
そしてこの感覚は買主さんにはもちろん通じません。そもそも買主さんから見れば、取得価格がいくらであるかは、自分の購入金額と何の関係も無いからです。買主さんは自分で妥当と思われる金額で購入意思を示していますし、安く譲ってもらったという感覚は全くありませんので、その後の交渉で遠慮するということもあり得ません。
しかしこのギャップが意外と後々まで響き、結局契約が成立しないということがよくあります。もちろんいくらで、どのような条件で契約するかは買主と売主の合意で決まりますので、何でも売主が折れれば良いという話ではありません。
ただ、購入した時の価格に影響を受けて、実際の相場よりも高い金額で売ろうとしても、実際に高い金額で契約できることはまずありません。そしてこの結果、いつまでも契約ができず、時間と手間ばかりがかかることになります。
売主は査定価格を信用しすぎてもうまく売却ができません
購入価格以外で影響を与えるアンカリングの数値には、査定価格もあります。不動産の売却を検討される方は、最初に複数の会社に査定依頼を行うケースがよくあります。そしてその査定価格が高い会社に売却の仲介を依頼するケースも多いのですが、この査定価格を信用しすぎても契約がうまくいきません。
「1-02.査定価格にどんな意味があるのか」のページでも説明しましたが、査定価格には営業的な要素が加わっていることが多いため、査定金額がそのまま売れる金額を示しているとは限りません。
また、複数の査定価格を見て、相場が分かったように感じられる方もいらっしゃいますが、複数の査定価格を見ても相場に詳しくなる訳ではありません。査定金額を出している会社がどのような営業方針で金額を出しているかが分かりませんので、その平均を出したところで、実際の金額に近くなるということはありません。
このようにさほど大きな根拠がある訳ではない査定金額ですが、1度この金額を見ることで、この数値がアンカーとなり、どうしても査定金額をベースに売却金額を考えるようになります。
ですが実際に契約に臨むには査定金額については、あまり考えない方が良いでしょう。査定金額は机上の空論であったり、仲介会社が顧客獲得するためのおとり的な金額であったりするからです。
不動産物件の実際の価値、価格について考えるのは良いことですが、その判断基準に査定金額を入れてもあまり参考にはなりません。
1度決まりかけた後にキャンセルとなった場合の価格も忘れるべきです
アンカリングとしてもっとも影響が大きいのは、決まりそうで決まらなかった時の契約予定金額です。例えば買付証明を入れていた買主予定の人が何らかの理由でキャンセルした場合や、契約にたどり着いたけれども住宅ローン特約か何かで契約が解除になった場合などです。
1度このようなことが起きると、その契約し損ねた金額が売り主にとって1つの基準金額となります。そのため次の契約はその金額かそれ以上の金額でなければ契約しない、というように考えてしまいます。
ですが、これも問題があるアンカリングです。実際には契約し損ねた方よりも良い条件の買主が現れることはほとんどありません。契約に至らなかったのには何らかの理由があります。そしてその理由があったからこそ、高い金額でもOKというケースが多いのです。
例えば、当初買付を出していたけれども、後から土地面積を実測してみると、当初の予定よりも大きく面積が減ってしまうことが分かったために、買付を取り消すという事があったとしましょう。これは土地面積が少ないという明らかな理由によって、契約に至らなかった訳ですから、当然その買付を出した金額は、本来売れる金額との間に大きな差が付きます。ですが、1度買付をもらってしまうと、その金額が基準となってしまうため、その後に出てきた買主候補の購入予定金額が、当時の買い付け金額より大きく下回っていると、買い叩かれたかのような感触を持ってしまいがちです。
もちろん売り主は以前の買い付けがキャンセルになった理由も分かっていますので、その金額に根拠がないことも分かっているはずなのですが、往々にして、この金額基準で考えてしまうため、次の指値に対して厳しい見方をしてしまいます。結果として、指値に対して高い値段で戻すことになり、結局成約に至らないということがあります。
買付証明ではなく、契約自体がキャンセルとなった場合には、このアンカリング効果はさらに強くなります。住宅ローン特約で解約となった場合では、ローンさえ下りればこの金額で成約できたはずなのに、と強く思わされます。そのため次の契約はこれ以上の金額でなければ受けない、という方も出てきます。
しかし現実では、1度契約がキャンセルとなった後に出てくる買主さん候補で、以前よりも良い条件という方はめったに出てきません。一般的には後から出てくる人の方が、条件が悪いケースの方が多いからです。
理性的に考えれば、住宅ローンを受けることができるというだけで、以前の人よりも条件は良いはずです。しかし、逃がした魚は大きいという例えの通り、契約金額やその他の条件など、以前の人の良かった点のみ思い出し、それと比較しがちです。
そして以前の契約金額がアンカリングとして強く働き、その金額を超える買主が現れず、いつまでも契約できないということが起きます。これも頭では分かったとしても、自分の感情の整理をして、実際に正しい行動を起こすのは簡単ではありません。
アンカリングの対策は、この存在を知ることと他の比較情報を調べることです
このアンカリングは、頭では理解しても感情部分が理解しないために、対策が難しいものです。ただ完全にアンカリングの効果を無くす対策は無いとしても、影響を小さくできる対策はあります。
それは、
・アンカリングというものが、価格決定に影響を与えるという事を知ること
・他に比較対象となる金額や数値を調べ、それを知ることで別のアンカーを作ること
の2つです。
まずアンカリングの存在を知っているか知らないかで、受ける影響の大きさが違います。このような別の金額の数値によって、自分の判断が影響を受けている、と自覚するだけでも、ある程度はその影響を小さくすることができます。
次に別の情報を調べることでも、これらのアンカリングの影響を小さくすることができます。
購入価格との差については、土地については公示価格の推移グラフなどを見ることで、土地の価格が下がっているという事が感覚的に理解できます。また、周辺事例の成約価格を見せてもらうことで、現時点での相場観が正確になりますので、アンカリングの影響を小さくできるでしょう。
査定金額については、そもそも査定とはどのようなものなのかを理解することで、その金額から受ける印象を小さくできます。可能であれば査定の内訳表などを見せてもらいましょう。内訳を見ることで自分の土地や建物、マンションでは何が悪い点なのかも分かってきますので、最初の査定金額によるアンカリングの影響を小さくできます。
キャンセルとなった契約の売買代金のアンカリングの影響を小さくするのは大変難しいようです。この場合はキャンセルとなった理由を考え、その理由が売買金額にどのくらい影響を与えるのかを、仲介会社と相談し、納得するしかありません。
キャンセル理由が、面積が小さくなったのであれば、小さな面積であればいくらが妥当な金額なのかを再度考えて数値を出します。キャンセル理由が、建物に問題があった場合には、その問題部分を引くと、いくらの価格になるのかも再度数値を出します。
これを感覚的なモノとして考え、数値を出さないままでいると、以前の数値のアンカリング効果を減らすことができません。問題があった場合には、改めて数値を出すべきで、その数値をもって別のアンカリング効果を出し、以前のアンカリングの影響を減らすべきです。
このようなことを知っているかどうかで、売買代金をスムーズに決められるかどうかの差が出ます。知っておいて損は無いと思いますので、このアンカリング効果については1度きちんと考えてみてください。
アンカリングについては、「予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)」などで、面白く解説されています。興味がある方はぜひ読んでみてください。
この記事の内容を動画でも解説してみました
この記事でお話ししました内容を動画で説明してみました。その動画がこちらです。
よろしければ動画もご確認ください。
ふくろう不動産は金額についてのアドバイスを十分に行うようにしています
ふくろう不動産は売買仲介専門の不動産会社です。主に買主さんの立場に立って、物件の調査やアドバイスを行っていますので、このように売り主さんの側でアドバイスをすることはそれほど多くありません。
しかし売り主さん側の仲介を行う際には、売り出し値や指値を返す金額には十分注意するようにしていますし、このようなお話をしつつ、最終的な判断を売り主さんに決めてもらうようにしています。
売買金額は基本的には周辺の相場との兼ね合いで決まりますが、このような感情的、心理的な内容も契約金額に影響します。ある程度は仕方がないことですが、こういった影響を知らないために損をしてしまうのはもったいないことだと思います。
当社:ふくろう不動産のモットーは「お客様が知らずに損することが無いように」です。単に相場や技術的な話だけでなく、契約に関わる色々なことをお客様に知って頂いた上で、満足できる不動産売買契約を行って欲しいと考えています。
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